なぜ今、炭素除去なのか

気候変動対策の語彙は長らく「削減(reduction)」一色だった。化石燃料の燃焼を減らす、再生可能エネルギーに転換する、エネルギー効率を上げる——排出源そのものを絶つという発想である。しかし2020年代に入り、もう一つの語彙が急速に存在感を増している。それが「除去(Carbon Dioxide Removal, CDR)」である。既に大気中に存在する、あるいはこれから排出される中で削減しきれない残余のCO2を、大気や海洋から引き抜き、恒久的に隔離する営みを指す。

両者は似て非なるものである。削減は「出さない」こと、除去は「引き抜く」ことだ。IPCCの第6次評価報告書(AR6)第3作業部会の統合的な整理によれば、1.5℃または2℃に温暖化を抑えるほぼ全てのシナリオにおいて、CDRは不可欠な要素として組み込まれている。IPCCが公表したCDRに関するファクトシートでは、ネットゼロを達成するには深い排出削減が主軸であるとしつつ、どうしても削減しきれない残余排出(航空、一部の産業プロセス、農業由来のメタンや亜酸化窒素など)を相殺するためにCDRが必要であり、さらにネットゼロ到達後に温度のオーバーシュートを引き戻す「正味負排出(net-negative)」の局面でも中心的な役割を果たすと整理されている(出典:IPCC AR6 WGIII, “CDR Factsheet”, ipcc.ch)。Carbon Brief の解説記事も、1.5℃・2℃のいずれの経路でも今世紀末までに累積で数百億〜千億トン規模のCO2除去が想定されていると報じている(出典:Carbon Brief, carbonbrief.org、具体的な年間・累積規模の数値は報告書ごとに幅があり一次情報での要確認が必要)。植林・再植林などの土地利用由来の除去は、2020〜2030年の期間において1.5℃シナリオの排出削減量(中央値)のうち約1割を占めるとされる一方、DAC+CCS(DACCS)やBECCSのような技術的除去は2050年以降に数ギガトン規模へと拡大していくと見込まれている(出典:IPCC AR6 WGIII関連解説、Carbon Direct, carbon-direct.com)。

この「削減と除去は別物」という整理は、単なる用語論争ではない。企業の気候戦略において、自社のバリューチェーン排出(Scope1・2・3)をどこまで実削減し、どこから除去でオフセットするかは、目標設定の根幹に関わる。SBTi(Science Based Targets initiative)をはじめとする主要な目標設計フレームワークは、まず可能な限りの実削減を優先し、残余排出のみを除去でカバーするという「ミティゲーション・ハイアラーキー」の考え方を採る方向に収斂しつつある。つまりCDRは削減の「代替」ではなく「補完」であるべきだというのが、現在の主流的な整理である。ただし、この整理自体にも異論がある。除去技術への期待が先行することで、実削減への投資や政策的圧力が緩む「モラルハザード(mitigation deterrence)」を招くのではないかという批判は根強く、後段で改めて両論を扱う。

除去手法の体系——ネイチャーベースと技術ベース

CDRの手法は大きく二つの系統に分かれる。ネイチャーベース・ソリューション(NbS)と、技術ベース(エンジニアード)・ソリューションである。両者は炭素の「永続性(permanence)」、計測のしやすさ、コスト構造において対照的な特性を持つ。

ネイチャーベース

植林・再植林(Afforestation/Reforestation, ARR)は、最も歴史が長く、コストも比較的低いとされる手法である。樹木が成長する過程で大気中のCO2を固定し、バイオマスや土壌に蓄積する。ただし炭素の滞留期間は森林の管理状態、山火事、病虫害、伐採といったリスクに左右され、永続性は数十年オーダーにとどまる場合が多いとされる。土壌炭素隔離(不耕起栽培、被覆作物、堆肥投入などの農法転換)も同様に、土地管理が継続する限りにおいて炭素を保持するという性質を持ち、逆転(リバーサル)リスクを内包する。ブルーカーボン(マングローブ、海草藻場、塩性湿地の保全・再生)は、単位面積あたりの炭素蓄積速度が陸上林より高いとされる一方、計測技術やモニタリング体制の整備がまだ発展途上であり、プロジェクト数も相対的に少ない。

ネイチャーベースの利点は、生物多様性保全や地域コミュニティの生計向上といった付随的便益(co-benefit)を伴う点、また現時点で比較的低コストで大量のクレジットを供給できる点にある。一方で弱点は、永続性の脆弱さ(山火事一つで蓄積した炭素が大気に戻る)、ベースライン設定や「追加性」の証明の難しさ、そして後述するVerra関連の信頼性問題である。

技術ベース

直接空気回収(Direct Air Capture, DAC)は、専用の装置で大気中から直接CO2を分離・回収し、地中に圧入するか鉱物化して恒久的に貯留する技術である。永続性は数千年オーダーと評価されることが多く、計測・検証も工業プロセスであるため比較的容易とされる。ただし現在のコストは高い。IEAの技術解説では、大規模プラントを現時点で建設した場合のコストは1トンあたり約335米ドルとされ、革新と量産が進めば将来的に100米ドル以下への低減も視野に入るとしている(出典:IEA, “Direct Air Capture: A key technology for net zero”, iea.blob.core.windows.net/IEA公式サイトの関連ページ)。もっとも、稼働中の商業プラントの実勢コストは1トンあたり500〜1,000米ドル程度とするメディア報道もあり(出典:業界メディア各紙、要一次情報確認)、貯留・輸送コストを別途要する点も踏まえれば、コスト水準には相当な幅があると理解すべきである。

BECCS(バイオエネルギー炭素回収貯留)は、バイオマスを燃焼・発酵させてエネルギーを得る過程で発生するCO2を回収・貯留する手法で、エネルギー生産と炭素除去を同時に行える点が特徴である。永続性は地中貯留の場合は数千年オーダーとされるが、バイオマスの持続可能な調達(土地利用転換や食料生産との競合)が論点となる。

バイオ炭(バイオチャー)は、バイオマスを酸素の少ない環境で熱分解(パイロリシス)して安定した炭化物を作り、土壌に施用するなどして炭素を固定する手法である。土壌改良効果も期待される一方、永続性は数百年オーダーと評価されることが多く、DACCSほどの超長期の隔離ではないとされる。

強化風化(Enhanced Rock Weathering, ERW)は、玄武岩などのケイ酸塩鉱物を細かく粉砕して農地等に散布し、自然の化学風化反応を加速させてCO2を炭酸塩として固定する手法である。永続性は数千年〜数万年オーダーと非常に長いとされる一方、実際にどれだけのCO2が固定されたかを正確に計測することが技術的課題であり、土壌サンプリングやモデリングを組み合わせた検証手法が発展途上にある。

海洋アルカリ化・海洋CDR(電気化学的手法を含む)は、海水のアルカリ度を人為的に高めることで海洋のCO2吸収能力を引き上げたり、海水中に溶存する炭素を電気分解などで分離・回収したりする手法群である。海洋は既に大気からCO2を吸収し続けているため理論上のポテンシャルは大きいとされるが、海洋生態系への影響評価やモニタリング手法はまだ確立途上であり、環境影響を懸念する声も存在する。

鉱物化(Mineralization)は、CO2を玄武岩や橄欖岩(ペリドタイト)などの地下岩石に圧入し、化学反応によって炭酸塩鉱物として固定する手法である。永続性は極めて高く(事実上、地質学的タイムスケール)、かつ反応が数年以内に進行することが実証されている点が特徴とされる。

これらの手法を貫く原則として、一般に「永続性が長い手法ほど計測技術が確立され信頼性が高い一方、現状のコストも高い」という緩やかな相関があるとされるが、これは断定的な法則ではなく、技術の成熟度や実装地域によって例外も多い。数字を一義的に序列化するのではなく、用途・予算・許容できるリスクに応じて手法を組み合わせるポートフォリオ的な発想が、現在の実務では主流になりつつある。

主要プレイヤーの地図

DAC(直接空気回収)

DAC分野で最も知名度が高いのはスイスのClimeworksである。同社はアイスランドで「Mammoth」プラントなどを稼働させ、大気からのCO2回収と地中鉱物化を組み合わせている。米国のHeirloomは、鉱物(かんらん石等)を用いてCO2吸収を加速させる独自の手法を持ち、ClimeworksとともにルイジアナでプロジェクトCypressを共同開発しており、年間100万トン規模の回収能力を目指すとされる(出典:業界報道各紙、carbonherald.com等)。同州ではHeirloomが単独でも2施設を運営し、合計で年間約32万トンの回収・貯留能力を持つ計画とされ、うち1施設は2026年の稼働を予定していると報じられている(出典:業界メディア、要一次情報確認)。

米石油大手Occidentalの子会社1PointFiveは、テキサス州エクター郡で「Stratos」プラントを建設中で、年間最大50万トンのCO2回収能力を持ち、世界最大のDAC施設になるとされる。同施設は米環境保護庁(EPA)からCO2圧入用のクラスVI貯留井許可を取得しており、2025年末までの商業稼働開始が見込まれている(出典:Occidental/1PointFive関連報道、carbonherald.com、要公式一次情報確認)。1PointFiveは2025年にHoloceneを買収したとも報じられており、業界の統合が進んでいる。

CarbonCaptureは固体吸着材を用いたモジュール式DACシステムを展開する米企業であり、Global Thermostatも同様にアミン系吸着材による低温度帯DAC技術を長年開発してきた企業として知られる。新興勢では、Spiritusが2025年3月にシリーズAで3,000万ドルを調達し、メキシコでのパイロット施設稼働やミズーリ州での製造拠点計画を進めていると報じられている(出典:Spiritus公式発表、spiritus.com)。日本市場との接点としては、HeirloomがGX-ETSを見据えて日本開発銀行(DBJ)や千代田化工建設から出資を受けたとの報道がある(出典:カーボンクレジット.jp、carboncredits.jp)。

DAC業界全体としては、世界の稼働能力が2024年の年間約5.9万トンから、Stratosの稼働開始などを背景に2025年には年間56.9万トン規模へと急拡大するとの分析もある(出典:業界分析、要一次情報確認)。もっとも、Sylveraのブログ記事が「2025年はDACにとって誇大宣伝の終わりと現実主義の始まりの年」と評しているように、当初の野心的な計画が遅延・縮小するケースも見られ、楽観一辺倒ではない業界の空気も存在する(出典:Sylvera, “Direct Air Capture in 2025: The End of Hype, the Start of Realism”, sylvera.com)。

鉱物化・強化風化(ERW)

アイスランドのCarbfixは、CO2を水に溶かして玄武岩層に圧入し、数年以内に炭酸塩鉱物として固定する手法のパイオニアであり、2012年の実証開始以来、累計10万トン超のCO2を貯留してきたとされる。ヘトリスヘイジ地熱発電所では2025年以降、より大規模な回収・圧入・鉱物化の一貫システム「Silverstone」プロジェクトの稼働を計画しているという(出典:業界報道、mongabay.com等、要Carbfix公式情報確認)。オマーンの44.01は、橄欖岩(ペリドタイト)にCO2を圧入する鉱物化技術を開発し、2020年の実証では圧入したCO2の約8割が45日以内に鉱物化したと報じられている。同社は2022年にアースショット賞(Fix Our Climate部門)を受賞し、米DAC企業Aircaptureとの「Project Hajar」を進めている(出典:業界報道、mongabay.com、要公式確認)。

ERW分野では、Lithos Carbonが玄武岩粉末を農地に散布する事業を展開し、Frontierとの間で2024〜2028年に15万4,240トンの除去に対して5,710万ドルの購入契約を結んでおり、これはERW分野で最大級の購入契約とされる(出典:Frontier Climate, frontierclimate.com)。同社はMicrosoftとも1万1,400トン規模の契約を結んでいると報じられている。Mati Carbonはインド、ザンビア、タンザニアなどグローバルサウスの小規模農家の農地に玄武岩を散布する事業モデルを持ち、2025年にXPRIZE Carbon Removalのグランプライズ(5,000万ドル)を受賞した。農家は無償で散布を受けられ、Mati社の収益はすべて炭素クレジット販売から得るという設計であり、副次的に作物収量が平均2割程度増加したとの報告もある(出典:XPRIZE Foundation, xprize.org、Mati Carbon公式サイト, mati.earth)。UNDOは同XPRIZEで3位入賞(500万ドル)を受けたとされる英国発のERW企業である。Terradotは、Google、Microsoftのクライメート・イノベーション・ファンド、John Doerr氏などから資金を得て5,820万ドルを調達し、約30万トンのCO2除去契約を結んでいると報じられ、Microsoftとは1万2,000トン規模の契約も伝えられている(出典:業界報道、esgnews.com、igrownews.com、要一次情報確認)。

海洋CDR

海洋を舞台にしたCDRは近年最も動きが速い分野の一つである。米UCLA発のEquaticは、電気分解を用いて海水からCO2を除去すると同時に水素を生成する技術を持ち、カナダのDeep Skyと組んでケベック州で商業規模システムの建設を計画、2026年には年間10万9,500トンのCO2除去能力を持つ初の商業規模プラントの稼働を目指すとされる(出典:Equatic公式サイト, equatic.tech)。Ebb Carbonは電気化学的手法で海水のアルカリ度を高める技術を展開し、ワシントン州ポート・アンジェルスで2025年に第2プラント「プロジェクト・マコマ」(年間約500トン規模)の建設を計画していると報じられている(出典:Canary Media, canarymedia.com)。Capturaは直接海洋回収(Direct Ocean Capture)技術を持ち、ハワイでの最終試験(年間約1,000トン規模)を計画するほか、日本市場での2026年商業化にも言及しているという(出典:業界報道、要公式確認)。Planetary Technologiesは海洋アルカリ化技術を展開し、XPRIZEのファイナリストにも選ばれている(出典:業界報道、詳細は要確認)。Banyu Carbonについては本調査で十分な一次情報が確認できず、要確認とする。

バイオ炭・BECCS

Charm Industrialは、作物残渣や山火事リスクの高い森林バイオマスを熱分解してバイオオイルを生成し、地中に圧入して炭素を隔離する技術を持つ。2025年にはBoeingが10万トン規模のCDR購入契約を締結したと報じられ、Googleとも2030年までの10万トン契約、カナダTDバンクとも2029年開始・10年間で4.4万トン規模の契約を結んでいるとされる(出典:Axios, axios.com、ESG Dive, esgdive.com)。同社の技術では、バイオマス1トンからバイオ炭0.2トンとバイオオイル0.5トンが生成され、合計でおよそ1トンのCO2相当を隔離できるという(出典:Charm Industrial関連報道、要公式一次情報確認)。Graphyteは、木質バイオマスを乾燥・圧縮して埋設する「バイオマス直接貯留」の手法を採るアーカンソー州の企業で、Frontierから25万ドルの先行購入を受けており、2026年初頭までに約5万トンの除去を見込むと報じられている(出典:Frontier Climate関連報道、要公式確認)。

需要側・市場インフラ

CDR市場最大の需要創出装置がFrontierである。2022年4月にStripe、Alphabet、Shopify、Meta、McKinsey Sustainabilityが立ち上げた先行購入コミットメント(Advance Market Commitment, AMC)で、当初10億ドル超の購入枠を掲げてスタートした(出典:Frontier Climate公式サイト, frontierclimate.com)。2026年にはAnthropicを含む新規参加企業からの9億1,500万ドルの追加コミットメントにより、累計コミットメント総額が18億ドルに倍増したと報じられている(出典:ESG Today, esgtoday.com、ESG Dive, esgdive.com)。実際の購入契約(オフテイク)としては、53件のプロジェクトに対し総額約7億ドル・180万トン分の契約が結ばれており、Charm Industrial(1,120万ドル、11.2万トン)、Heirloom&CarbonCapture(4,660万〜4,700万ドル、7.2万トン)、Lithos Carbon(5,710万ドル、15.4万トン)、Vaulted Deep(5,830万ドル、15.2万トン)、Stockholm Exergi(4,860万ドル、BECCS)といった個別契約が伝えられている(出典:Frontier Climate公式サイト)。ここに挙げた金額・数量は公表時点のものであり、変動する可能性がある点に留意されたい。

レジストリ・認証機関としては、伝統的な自主的炭素市場(VCM)の中核であるVerraとGold Standardに加え、除去系クレジットに特化したPuro.earth、そして新興のIsometricが存在感を強めている。Puro.earthはバイオ炭、ERW、鉱物化など工学的CDR手法に特化した認証基準(CORC: CO2 Removal Certificate)を運営し、Isometricは高い計測基準を掲げる新興レジストリとして、DAC・ERW・海洋CDR等のプロジェクトの認証を進めている。品質格付け機関としてはSylveraとBeZero Carbonの2社が業界標準的な地位を占めており、BeZeroは8段階(AAA〜D)で炭素クレジットが実際に主張通りのCO2削減・除去を達成する可能性を評価し、Sylveraも同様にAAA〜Dのスケールで「炭素量(Carbon)」「追加性(Additionality)」「永続性(Permanence)」の3本柱で評価するとされる(出典:Sylvera公式ブログ, sylvera.com)。Patchが実施した2025年の調査では、企業購入者の79%がBeZeroのBBB以上を、83%がSylveraのTier2以上を要求しているとも報じられている(出典:業界報道、要一次情報確認)。ほかにCarbonfutureはMRVプラットフォームとしてプロジェクト開発者とバイヤーをつなぐインフラを提供し、Patchは調達・仲介のマーケットプレイス機能を担う企業として知られる。

MRVという信頼の基盤

CDR市場の成長を左右する最大の変数は技術でもコストでもなく、「その1トンは本当に大気から除去されたのか」を証明する計測・報告・検証(Measurement, Reporting, and Verification, MRV)の信頼性である。ここで問われる論点は主に三つある。

第一に追加性(Additionality)——そのプロジェクトがなければ起こらなかった除去かどうか。既に自然に進行する炭素蓄積や、他の政策・経済的理由で実施される植林事業にクレジットを発行してしまうと、実質的な気候便益はゼロになる。第二に永続性(Permanence)——除去された炭素がどれだけの期間、大気に戻らずにとどまるか。森林の炭素は山火事や伐採で数十年のうちに失われうるが、鉱物化されたCO2は地質学的タイムスケールで安定する。この違いをクレジットの価格や「バッファー」(逆転に備えた予備クレジットのプール)にどう反映するかは、業界内でもなお定まった方法論がない。第三に二重計上(Double Counting)——同じ除去量が複数の主体(プロジェクト実施国、購入企業、レジストリ)によって重複してカウントされる問題であり、パリ協定第6条に基づく国際的な移転ルール(相当調整、Corresponding Adjustment)の整備が進められている。

これらの論点が一気に可視化された事件が、2023年1月に英ガーディアン紙が報じたVerra関連の「回避型森林減少(avoided deforestation, REDD+)」クレジットを巡るスキャンダルである。同紙の調査報道は、Verra認証のレインフォレスト・クレジットの90%が実質的に無価値であり、真の排出削減を反映しているのはわずか6%に過ぎないと主張した(出典:LSE International Development ブログ, blogs.lse.ac.uk、元はThe Guardian報道)。この報道は自主的炭素市場全体の信頼性に大きな疑念を投げかけ、多くの企業がREDD+クレジットの購入を控える動きにつながったとされる。一方でVerra自身は、この指摘に強く反論する声明を出しており、また学術界でも評価は割れている。Nature Climate Changeに掲載された研究はREDD+プロジェクトが高い脅威にさらされた地域で森林減少を有意に抑制しているとの知見を示し、ケンブリッジ大学の研究者らも同様の擁護論を展開しているとされる(出典:業界報道、一次論文は要確認)。Verraはその後、over-crediting(過大発行)を是正するための新方法論VM0048を導入するなど、制度改善を進めている。

steelmanとして両論を整理するなら、次のようになる。批判側の論点は、ベースライン設定が恣意的になりやすく、森林減少の「起こったかもしれない未来」を過大に見積もる誘因がプロジェクト開発者側に構造的に存在すること、モニタリング技術(衛星画像解析等)の精度が向上する以前に発行された古いクレジットの質が特に低いこと、先住民コミュニティの自由意思による事前の十分な情報に基づく同意(FPIC)が得られないまま実施されたプロジェクトが土地収用や強制立ち退きを招いた事例があることである。擁護側の論点は、衛星モニタリングやAI解析技術の発展によって近年のプロジェクトの計測精度は大きく向上していること、VM0048のような新方法論がリスクを織り込んだクレジット発行数の調整を制度化しつつあること、そして市場からネイチャーベースクレジットを完全に排除することは、森林保全という気候便益そのものへの資金供給を断つことになりかねないという点である。2025年には自然由来(約90億ドル)と工学的(約68億ドル)を合わせて158億ドル規模の資金がCDR関連で発表されたとの報道もあり、両系統への資金流入が同時並行で続いていることは注目に値する(出典:業界報道、要一次情報確認)。

政策と資金——需要をどう作るか

CDR市場は自然発生的な需要だけでは立ち上がらない。政策的な需要創出策が決定的な役割を果たしている。

米国では、インフレ抑制法(IRA、2022年)が内国歳入法45Q条の税額控除を大幅に拡充した。DACを用いて永続的に貯留されたCO2について、1トンあたり最大180ドルの税額控除が受けられるようになり、これは2022年以前の1トンあたり50ドルから大幅な増額である(出典:業界税務解説各社、Congress.gov CRS製品, congress.gov)。また建設着工期限も2033年1月1日まで延長され、対象施設が満たすべき年間回収量の閾値も引き下げられた。この45Qの拡充が、Stratosをはじめとする大規模DACプロジェクトへの投資判断を後押ししてきたとみられる。

EUでは2024年12月、炭素除去認証枠組み(Carbon Removal Certification Framework, CRCF)が正式に制定された。これはDACCS、BECCS、バイオ炭、鉱物化、ネイチャーベースの除去等について、EU域内で統一的な認証基準を設け、将来的にEUの気候目標や排出量取引制度と接続していくための規制インフラを整備するものである(出典:業界報道、EU公式文書は欧州委員会サイトで要確認)。

日本では、GX-ETS(GXリーグ排出量取引制度)が2023年度から試行的に開始され、2026年度以降の第2フェーズで大企業の参加義務化を含む「本格稼働」に移行するとされている(出典:GXリーグ事務局公式資料, gx-league.go.jp)。GX-ETSにおいて適格カーボン・クレジットとして認められるのは、CCU、沿岸ブルーカーボン、BECCS、DACCSなど一定の除去系・技術系クレジットであり、これらは排出量の5%を上限として利用可能とされる(出典:GXリーグ事務局「GX-ETSにおける適格カーボン・クレジットの活用に関するガイドライン」2024年4月, gx-league.go.jp)。日本独自のJ-クレジット制度も並存しており、森林由来・省エネ由来などのクレジットを国内で認証している。前述の通り、米DAC企業Heirloomが日本開発銀行や千代田化工建設から出資を受けたと報じられているのも、GX-ETSを見据えた日本市場開拓の動きの一環と見られる(出典:カーボンクレジット.jp)。

需要創出のもう一つの柱が、Frontierに代表される民間の先行購入コミットメントである。政府の規制や税制インセンティブがまだ十分に育っていない段階で、テック企業を中心とした「バイヤーズクラブ」が長期のオフテイク契約を約束することで、CDRスタートアップに対する投資家の与信を補完し、技術の学習曲線を早める役割を果たしている。StripeのClimate Ordersのように、企業が独自にCDRの先行発注プログラムを設ける動きも広がっている(出典:Stripe公式ニュースルーム, stripe.com)。

地政学と資源の緊張

CDRの大規模展開は、エネルギー、重要鉱物、土地利用という三つの資源制約と正面から向き合うことになる。DACは大量の熱・電力を必要とするため、低炭素電源(地熱、原子力、再生可能エネルギー)への近接性が立地選定の決定打になる。Climeworksがアイスランドを拠点とするのも、豊富で安価な地熱発電にアクセスできるためである。ERWや鉱物化は玄武岩・かんらん石といった特定の鉱物資源の採掘・粉砕・輸送を必要とし、これが新たな採掘活動や輸送に伴う排出を発生させる可能性がある。BECCSやバイオ炭は、バイオマス原料の調達をめぐって食料生産や既存の森林・土地利用と競合するリスクを抱える。

グローバルサウスでの実装は、この資源制約の議論に別の角度を与える。Mati Carbonのインド・ザンビア・タンザニアでの展開は、玄武岩散布という土地集約的な手法を、現地の小規模農家にとって無償かつ副次的便益(収量増加)を伴う形で提供するモデルであり、気候便益と開発便益を同時に追求する試みとして評価されている。同社は今後5年間でグローバルサウス約30カ国(うち半数程度がアフリカ)への展開、20年間で1億人規模の小規模農家支援を目標に掲げているという(出典:Carbon Business Council, carbonbusinesscouncil.org、Mati Carbon公式サイト, mati.earth)。一方でこうしたモデルには懸念もある。カーボンクレジットの収益がプロジェクト開発者や仲介企業、認証機関に偏り、現地コミュニティへの便益配分が不透明になるリスク、長期的な土地利用の意思決定が海外の炭素バイヤーの需要に左右される構造的な非対称性、そして玄武岩の採掘・粉砕・輸送に伴う環境負荷など、便益とリスクは表裏一体である。Boomitraのような農業由来の炭素クレジットプロジェクトについても同様の論点が当てはまるとみられるが、本調査では具体的な数値の一次情報確認には至らなかったため、詳細は要確認としたい。

三つの論点——steelmanとして

除去はモラルハザードを招くか。 批判側の論点は明快である。企業や政府が「将来除去すればよい」という期待を持てば、今この瞬間の実削減への投資インセンティブが弱まる。特に化石燃料関連企業がCDRを自社の継続的な事業活動の免罪符として利用するリスクは、環境NGOから繰り返し指摘されてきた。また、CDR技術がまだ実証段階にあるにもかかわらず、企業のネットゼロ目標の達成計画に組み込まれることで、目標そのものの信頼性が損なわれるという懸念もある。擁護側の論点は、IPCCが明示するように、航空機燃料の燃焼や一部のセメント製造プロセスなど、現在の技術では実質的に排出をゼロにできない分野が確実に存在し、そうした残余排出への対応としてCDRは削減の代替ではなく必須の補完物であるという点である。問題は「CDRを使うかどうか」ではなく「実削減を怠る言い訳にCDRを使わせない制度設計ができるかどうか」であり、SBTiのようなフレームワークが実削減と除去を明確に区分する開示ルールを設けているのは、まさにこの緊張への対応である。

永続性をどう価格に織り込むか。 数十年しか炭素を保持しない植林クレジットと、数千年単位で安定する鉱物化クレジットを、同じ「1トンCO2」として同一価格で取引してよいのかという問題である。批判側は、永続性の違いを無視した価格形成は市場の質を歪め、安価だが逆転リスクの高いクレジットへの需要を過剰に誘発すると指摘する。一部のレジストリやバイヤーは、永続性に応じたトン数の割引係数(ディスカウントファクター)や、逆転に備えたバッファープールの積み増しを制度化しつつあるが、標準化された計算式はまだ存在しない。擁護側、あるいは実務側の論点は、永続性で厳密に序列化しすぎると、コストの低いネイチャーベース手法が市場から排除され、森林保全や土壌炭素などの副次的便益(生物多様性、地域経済)を伴う施策への資金供給が細ってしまうという点である。永続性の物差しだけでクレジットの価値を測ることの妥当性自体が、なお議論の途上にある。

ネイチャーベースクレジットの信頼回復は可能か。 Verra問題以降、REDD+をはじめとする森林系クレジットへの懐疑は根強い。批判側は、ベースライン設定の恣意性という構造的問題が解消されない限り、方法論を改訂しても同じ問題が形を変えて再発すると懸念する。擁護側は、衛星画像解析やAIによるモニタリング精度の向上、VM0048のような新方法論の導入、そしてSylvera・BeZeroのような第三者格付けの普及が、市場の自己浄化メカニズムとして機能しつつあると主張する。実際、Cambridge大学の研究者らが一部のREDD+プロジェクトについて森林減少抑制効果を実証したとの報道もあり、「ネイチャーベース=低品質」と一括りにすることも単純化に過ぎるだろう。信頼回復の鍵は、個別プロジェクトごとの厳格な第三者検証と、格付け情報の透明な開示が市場慣行として定着するかどうかにかかっている。

展望——注視すべき点

事業会社のサステナビリティ部門にとっての要点は、まず自社の残余排出の性質(永続的に除去不可能な排出はどれだけあるか)を精査し、その規模に見合った除去クレジットのポートフォリオ(永続性・コスト・地域性の異なる複数手法の組み合わせ)を設計することにある。安易に最安値のクレジットに飛びつくのではなく、格付け機関のレーティングとレジストリの方法論を突き合わせて調達することが、将来のグリーンウォッシング批判リスクを避ける上で欠かせない。

投資家・金融機関にとっては、DACのコスト低減曲線が本当にIEAの示す道筋通りに実現するか、ERWや海洋CDRの計測手法が標準化され保険可能なリスクプロファイルに落ち着くか、そしてFrontierに続く新たなAMCや政策的需要創出策(EU CRCF、日本のGX-ETS本格稼働)がどれだけ実需要を生み出すかが、セクター全体の資本コストを左右する変数になる。

官公庁・政策担当者にとっては、45QやCRCFのような制度が個社の投資判断をどれだけ動かしているかの効果検証、そして自国の重要鉱物・エネルギー資源制約とCDR拡大の整合性を取ることが課題になる。気候テック起業家にとっては、技術的な優位性だけでなく、MRVの厳密性と現地コミュニティとの関係構築を事業モデルに最初から組み込むことが、長期的な資金調達力を左右するだろう。

CDRはまだ黎明期の産業である。本稿で挙げた数値やプロジェクトの状況は、いずれも公表時点のものであり、今後の技術進展、資金調達、規制変更によって大きく変わりうる。読者にはこの分野の動きを継続的に一次情報で追うことを勧めたい。


本稿は投資助言ではない。本稿に記載の企業名、数値、プロジェクト状況は公開情報に基づく調査時点の情報であり、将来の成果や実現を保証するものではない。個別の投資判断、調達判断、政策判断にあたっては、必ず各社・各機関の公式発表等の一次情報を確認されたい。

主要出典

本文中で「要確認」と付した企業別の調達額・除去量・稼働時期(Heirloom/1PointFive/Carbfix/Terradot/Charm/Frontier個別契約等)は、公開前に各社公式・一次情報で二次裏取りすること。carbonherald.com・esgtoday.com・esgdive.com・canarymedia.com・axios.com・mongabay.com 等の業界メディアは二次情報として扱う。

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